Wedding Essay

岸田奈美の
“夢でブーケを投げ続ける”

ESSAY 05

幸せな結婚式は、不幸せな過去に眠っている

ウエディングプランナーの有賀明美さんにお会いした。

「有賀さんは、結婚式にはじめて“サプライズ演出”を取り入れた人なんですよね?」

わたしは緊張していた。わたしは、誰かと結婚式を挙げる予定もなければ、想像上の式ですら招待客をうまく思い浮かべられなかった。

有賀さんが手がけられた華々しい結婚式の数々を、ほうっと眺めながら、こんなわたしが一体、なにを聞けばいいのか迷った。

「おそらく、そうだと思います。わたしがテイクアンドギヴ・ニーズに入社した、20年ぐらい前の結婚式は、“予定調和の100点満点”を目指すのが普通で」

指輪を交換する。家族に花束を渡す。親に手紙を読む。

すべてのプログラムが、最初からキッチリ決まっていて、参列者にも知らされる。スタッフが滞りなく進行し、予定どおりにできたら100点。99点は許されない。そんな時代があった。

有賀さんも、それがあたりまえだと思っていた。

「なにがきっかけで、サプライズを思いついたんですか?」

「深夜番組です!」

「深夜番組」

「SURPRISE!(サプライズ)っていう」

そのままやん。タイトル。

1999年から一年間、フジテレビ系で放送されていた番組だ。MCは、奥田瑛二氏と森本レオ氏。ドッキリといえば当時は、芸能人をおもしろおかしく騙すのが主流だが、これは、“幸せ”をキーワードに一般人が身内にドッキリを仕掛けるというめずらしい番組だった。

頭も足もクタクタになって帰宅し、ぼうっとテレビの前に座る有賀さんは、衝撃的な光景を見た。

鉄道運転士のお父さん。地元の単線電車で、乗客はそれほど多くない。誰もいないさみしげな無人駅に停車するときも、彼は「信号よーし!」と大きく声を張っている。やがて、定年退職の日が訪れた。最後の運行。いつも通り終着駅へ向かっていると、近づいてくる無人駅のホームがおかしい。たくさんの人が、こちらに向けて手を振っている。それは、お父さんの家族や友人たちだった。カメラは、お父さんの表情をとらえる。一瞬、状況が理解できないという驚き。やがて、少しずつ、理解していくとともに、口元や頬がほどけ、笑いとも、涙ともつかない表情にクシャリと変わる。

有賀さんには、その表情が、ずっと焼きついている。

「人は、こんなにも感情にあふれた表情ができるんだって。びっくりしたんです。幸せを噛みしめる表情。だけど、それをわたしは結婚式で見たことがなかった……」

そして、気づく。人は、想像もしていなかったことに出会い、その真意に気づいたとき、あの表情を見せるのだと。人は、あの表情を見たくて、一生懸命に思いを巡らせて準備をするのだと。

最初から最後まで、想定内の結婚式では、生まれない感動がそこにある。

番組を観た翌日にも、お客さまの挙式の予定があった。

新婦のお父さんが、ウエディングケーキを手作りすることになっていた。町の小さなケーキ屋さんを経営していて、経営も苦しく何度も店を閉めようと思ったが、娘のウエディングケーキを作るまでは……とねばって、ねばって迎えた念願の日だ。それだけで、わたしはもう涙が出そうになる。

有賀さんは、今でも、その日のことを鮮明に覚えている。

「モーニングコート姿のお父さんが、結婚式直前までクリームを塗り直して、ケーキの仕上げをしているんです。挙式がはじまっても、ケーキのことでそわそわしちゃって、何度も席を立っていて……」

いざ、迎えたケーキ入刀。すばらしいケーキを前に、司会者が『お父様が作られたケーキです』と原稿を読む。会場から「へえ!」「すごい!」と声があがる。

有賀さんが、お父さんを見た。参列者席の後ろで、立派なカメラを構えていた。お父さんが厨房でこぼした言葉が、ふいに有賀さんの頭をよぎる。

「これが、俺のつくる最後のケーキになるんだな」

そのとき、有賀さんの体は、勝手に動いてしまったらしい。

「新婦様からのファーストバイトには、お父様もご参加いただけませんでしょうか」

予定になかった進行に、新婦さんも、お父さんも、目を丸くしている。ああ、勢いで、余計なことをしてしまったかもしれない。有賀さんはじわりと後悔した。

でも、すぐに。意図が伝わったのか、新婦さんがにこりと微笑んだ。お父さん、と呼びかける。お父さんは「いやいや」「いいよいいよ」とあわてながらも、雰囲気に押されるようにして前へ出る。

新婦が持つスプーンから、お父さんの口にケーキが運ばれる。大きなひとくちでは食べ切れず、お父さんはもごもごしながら上を向く。恥ずかしそうなお父さんの目から、こらえきれなかったであろう涙が流れたとき。

有賀さんは、マイクをお父さんに渡した。時間は押すかもしれない。100点満点にはならないかもしれない。だけど。絶対に良い時間になるという確信があった。父娘と、見守る列席者の表情が、そう教えてくれた。

そして、何年経っても忘れられない、あの深夜番組で見たような表情を垣間見た一日になった。

誰もが、心の奥にある本音を、押し殺して生きている。

大切な人に伝えたい。わかっているけれど、口に出すことは、難しい。長い時間をともに過ごしてきた家族なら、なおさらだ。改まって話すこともないし、なにより恥ずかしい。

「ありがとう」「ごめんね」「あの時、本当はね」

言わずにしまっておいた本音は、長い年月をかけて、後悔に変わる。おたがいに勘違いをしたまま、二度と会えなくなってしまうこともある。わたしには、つまらない口ゲンカをしたまま急死した父がいる。

結婚式が、本音を伝える機会になるのだ。

だけど。

わたしの場合は、どうだろう。

母子家庭で、いろんなトラブルを一緒に乗り越えてきたこともあって、母とは包み隠さず会話をしている。弟はダウン症でうまく話せないが、まあ、言葉を越えたなにかでつながっている気はする。

今さら、伝えたい本音がない。家族と仲が悪い人だっているだろう。それならわたしに、結婚式をする理由はあるのかしら。

「結婚式って、挙げなくていいこともありますよね?」

この企画でそんなことを聞くのはどうかと思ったが、単純な質問だった。

「そうですね、人それぞれ、いろんな事情がありますから」

有賀さんは答える。そして「だけど……」と、悩むようにして、言葉を続けた。

「結婚式はできないと思っている人……たとえば、ご家族と折り合いが悪い人や、岸田さんみたいに出席者が思い当たらない人こそ、結婚式をしてほしいんです。たった一度、考えるだけでもいいですから」

有賀さんの願いに、びっくりした。

ええっ?家族と仲が悪い人も、結婚式した方がいいの?

「結婚式って、人生のメンテナンスなんです」

人生のメンテナンス。

「平均寿命まで生きるとすれば、人生の3分の1のところで、結婚を迎える人が多い。結婚で、残り人生の3分の2が変わってくるんです。自分とは違う人と一緒になるんだから、辛いことも、苦しいことも、喧嘩もたくさんあるでしょう。そういう時に……」

言葉に、力がこもった。

「お守りになるんです。結婚式は」

「それは、幸せな結婚式がいい思い出になるっていうことですか?」

「いえ。結婚式そのものより、結婚式を“考える”方がずっと大切です」

「絵に描いたような、幸せな家族や結婚式じゃなくても?」

極端なことをたずねてしまった。有賀さんは、まったく動揺せずに真っ直ぐな目で、わたしに言う。

「むしろ、わたしはハッピーウェディングって言葉が苦手です」

「うええっ!?」

今日一番のびっくりだ。ウエディングプランナーさんから発せられるとは、とても思えなかったからだ。

「結婚式って、深く考えずに挙げれば、なんとなくフワッとハッピーな感じにはなるんです。べつに悪くはないんですけど、それだと、大切な誰かに伝えたかった本気の本音は、伝えられないかもしれない」

「なぜですか?」

「本気の本音は、大抵、過去の痛い部分にあるからです。だから普段は言えないんです」

過去の痛い部分。

ひどい口喧嘩をして、それっきりになっている兄弟。本当は母に愛されていないんじゃないかと不安になる娘。恥ずかしくて素直になれず、傷つけてしまった父。なにかに挫折したことをずっと後ろめたい心。

家族は、一番厄介な存在だ。近すぎるがゆえに放ってはおけず、薬にも傷にもなる。愛と呪いは表裏一体だともいう。「ここは大好き」と「ここは大嫌い」は両立するのに、片方しか伝えていないこともざら。家族だから、わかりあえないことも、許せないことも、あって当然なのだ。

残り人生の3分の2の日々、ふとした時、きっと思う。本当にそれでよかったんだろうかと。

「過去の衝突、後悔……幸せとは一見して遠い、『不幸』に目を向けると、本音が見つかるんです」

本音を見つけること。伝えること。

それは、いま自分の中にあるモヤモヤを引っ張り出して、こんがらがった糸をほぐして、ひとつひとつ、自分で噛み砕いていく。その作業の末に、伝える、という工程にたどりつく。

「供養みたいですね」

わたしが思わず伝えると、有賀さんが笑った。結婚式で供養なんて、なんと縁起の悪いことだろう。でもわたしは知っている。モヤモヤはずるずると引きずって生きるより、痛みを伴ってでも供養をした方が、幸せに生きられることを。

「考えた結果、やっぱり結婚式をしたくない、家族になにも伝えたくない、と思うならそれでいいんです。一度、真剣に痛い部分と向き合った。それだけで、人生のお守りになると思うんです」

それが、結婚式について考えることが大切というわけだ。すごい話を聞いてしまった。

わたしが思い浮かべたのは、祖母のことだった。5年前から認知症がはじまり、物忘れがひどくなって、わけもわからず家族を傷つけることが増えた。わたしはもう祖母のことが嫌いになりかけている。グループホームに入居したとき、心底ホッとした。同時に、祖母に優しくしてもらった遠い過去のことを思い出して、胸が痛んだ。それでも祖母を前にすると、居心地の悪さにさいなまれる。ごめんね、ありがとうね、なんでわかってくれないの、そんなこと言わないで、優しかったのに、それでも好きだよ、本当は一緒にいたかったよ、嫌われたくない、一緒にいたくない。いろんな、いろんな思いがとめどなくあふれては声にならなかった。

わたしは、祖母を結婚式に呼ぶことはないと信じていた。言い合いになったらゲンナリするし。他の人にあんまり紹介したくないし。

有賀さんの話を聞くまでは。

今なら、わかる。

わたしは祖母に、伝えないといけないことがある。心の奥底の、痛くて苦しい層を通り抜けた先に、じんわりとした温度を持つ、本音が。まだ幼かったころのわたしが、祖母に何度も伝えていたはずの、本音が。

すこし救われたような気持ちになった。有賀さんに出会ってきたカップルは、なんて幸運なんだろうと思う。

同時に、ひとつ疑問が浮かんだ。

「普通は、結婚式にそんな役割があるって知らずに、みなさんお打ち合わせに来ますよね?」

「そうですねえ」

「その、なんというか、もめませんか……?いろいろと」

痛い部分を探るというのは、しんどい作業だ。触れられたくないことだってあるだろう。カップルが喧嘩する姿も目に浮かぶ。それでも、ウエディングプランナーさんは提案をするのか。それってお節介だと言われないのか。

「もめます、もちろん。大変です」

有賀さんは、さらりと言った。やっぱり、もめるんだ。

「それでも、わたしにとってこんなにやりがいのある仕事はありません」

あまりに、その笑顔が素敵だったので。

わたしは有賀さんに、良いウエディングプランナーさんとしての立ち回りについて、聞くことにした。

岸田 奈美(作家)
Profile
岸田 奈美(作家)

1991年生まれ、兵庫県神戸市出身、関西学院大学人間福祉学部社会起業学科2014年卒。在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズ。 Forbes 「30 UNDER 30 JAPAN 2020」「30 UNDER 30 Asia 2021」選出。2020年9月『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)、2021年5月『もうあかんわ日記』(ライツ社)を発売。