Wedding Essay

岸田奈美の
“夢でブーケを投げ続ける”

ESSAY 04

招待客について真剣に考えると、桶狭間の戦いになる

伝説のウエディングプランナーさんに、会わせてもらえることになった。

今でこそ、結婚式で“サプライズ”の演出は、めずらしくない。内緒で猛練習したピアノを演奏したり、お色直しのエスコートに家族を電撃指名したり、いきなり音楽が鳴って参列者が踊り出したり、新郎新婦がゴンドラで登場したり、まあ、なんやかんやと無限に思いつく。

今やサプライズあってこその結婚式。世はまさにあの手、この手で、驚かし合いの時代なのである。

その“サプライズ”を、はじめて結婚式に取り入れたウエディングプランナーさんといえば、すごさが伝わるだろうか。テイクアンドギヴ・ニーズに所属している、有賀明美さんという方らしい。

いったい、なにを喋ればよいのか。
わたしは緊張していた。

伝説と呼ばれる存在に、これまで二人会ったことがある。

一人は伝説のアル中と呼ばれる、わたしの祖父だ。あまりのくだらなさに聞くも涙、語るも涙で、遠く離れた親戚にまでその逸話は轟いているが、一旦、祖父の話は横に置いておく。

もう一人が、伝説の寿司職人だ。40歳になってから急に寿司の道を志し、極めたと言われる彼にこう教えられた。

「あのなァ。素人がプロに話を聞くときゃ、こざかしい質問なんていらん。どんなに無様な猿真似でも、“自分に一度やらせてみてください”って頼むんだ」

寿司を握ったことのない人間が、言葉で握りのこだわりを聞いたところで、そのすごさはわからない。一度、自分なりに工夫をして、同じことをやってみせると、プロのやっていることの難しさがわかるし、プロもこだわりを伝えやすいのだという。

それはそれでナメんな!と怒られるんじゃないかとハラハラしたが、彼は「本物はなァ、そんなことじゃ怒らねェよ」と笑った。

というわけで、テイクアンドギヴ・ニーズの小笠原さんに協力してもらって、

『Total Design Wedding ヒアリングシート』

なる特別な紙をわけてもらった。

A3サイズ紙の両面に、新郎と新婦のプロフィール・好みの色やテイスト・理想の結婚式・座右の銘・ゲストとの関係性などを、びっちり書き込めるようになっている。

これは実際に、テイクアンドギヴ・ニーズのウエディングプランナーさんたちが新郎新婦との打ち合わせで使っているものだ。本当は事前に新郎新婦が書き上げたものに対して、プランナーさんと質問を重ねながら、結婚式を作り上げていく。

ここで伝説の寿司屋のアドバイスを思い出す。

「まずわたしが書き込んで、自分で結婚式をプランニングしてみよう!」

腕まくりをして、無謀にも勢いだけで紙に書き込んでいくことにした。

しかし由々しき問題は、結婚式はひとりで挙げられないのである。紙には、“ご新郎さま”“ご新婦さま”と、当たり前だが空欄が二列並んでいる。かたやこちらは、咳をしても一人。

ここでペンを止めては終わりだと思ったので、勢いを殺さぬまま、頭に浮かんだ名前を書いた。

「安室 透(あむろ とおる)」

同級生でも、元彼氏でも、片思いの相手でもなく、『名探偵コナン』の人気キャラクターである。びっくりするくらい、スルッスルとなめらかに書けた。

彼のことを知らない人に向けて簡単に説明すると、29歳の彼は端正な顔立ちをしている上に「私立探偵」「公安警察」「闇組織」のトリプルフェイスを持ち、あらゆるスポーツ、楽器演奏、医療、爆弾の解体まで完璧にこなす、牛丼メガ盛りよりも盛ったハイスペックの男だ。

たとえ妄想であっても、こんな男がわたしと入籍するとは思えないかもしれないが、そこは大丈夫だ2018年に公開された映画で「彼女はいるの?」と問いかけられた安室透は、「僕の恋人は……フッ、この国さ!」と答えた。公安警察の鑑である。国土全体と解釈するのであれば、そこに住民票を置いてあるわたしにもチャンスは残されている。

さて。

張り切って、紙の記入欄を埋めていくことにする。

名前、生年月日、趣味、特技は?
このあたりは、基本中の基本である。一寸も迷うことはない。進研ゼミでやったところだ。

おふたりの好きな言葉は?
安室透の名言をすぐに思い出す。
「(敵は)とっとと出て行ってくれませんかねえ……僕の日本から」

これでいい。かっこいいし。
わたしの方には
「犀の角のようにただ独り歩め」
と、最近学んだブッダの教えを書いておいた。なかなか排他的な式になりそうである。

続いて裏面には、ゲストとの関係性や思い出を書き込む。ここが一番、大きなスペースになっているので重要なのだろう。

“家族” “親戚”“ 会社関係” “学生時代” “社会人” で、枠が区切られている。ひとまず安室透の方から書くことにした。

ええと。公安警察と闇組織からそれぞれ何人くらい来るだろうか、20……いや……30人ずつ……そうだ、安室透は二重スパイだから気まずくならにように、できるだけ警察と組織はテーブルを離しておこう。それぞれ銃火器も持ってくるはずだから、受付で預からないと。ご親戚は外国の方だから、通訳も用意しておきましょうね。

このような具合で、新郎側のゲストがびっしりと70人くらいになった。

次は、わたしのゲスト欄を書き込んでいく。

はず、だったのだが。

母。
弟。
祖母。
所属事務所の社長。
所属事務所のマネージャー。

これだけ書いて、それ以上、ペンが進まない。

ちょっと待って。

新郎が70人で、新婦が5人……!? 桶狭間の戦いよりも多勢に無勢である。席次表が、負けの確定したオセロみたいになっちゃうだろ。

わたしは頭を抱える。
悩んで、悩んで、悩んだ末にもう一筆付け加えた。

梅吉。

犬である。
5人と1匹……!

ここへきて、わたしは、今まで見て見ぬふりをしていた現実と向き合わざるをえなくなった。交友関係の、情けないほどに圧倒的な薄さと。

そもそも、家族が少ない。縁起でもないが、父と二親等までの関係者の8割が亡くなっている。母は一人っ子で、父がたの従兄弟はいるが、ここへ書くにはあまりに情けないひと悶着のせいで疎遠である。たまに葬式で会っても、ほとんど会話がない。

長く続いている友だちも、思い当たらない。中学で父が亡くなり、高校で母が倒れて生活が一変したため学校を休みがちになり、気をつかってくれる周囲の優しさをうまく受け取ることができず、自分から離れてしまったのだ。大学ではベンチャー企業の創業に携わり、朝も夜もなく働いたので、友人と遊ぶ時間などなかった。最近でこそ浅く広い交友関係でそれなりに楽しくやっているが、ご祝儀で数万円の出費をお願いしてまで招待する勇気はない。

仕事関係ならもう少し増やせそうだが、家族や友人より多いのはどうだろうか。会社員であれば声をかける範囲もわかりやすいが、わたしはフリーランスの作家だ。上司とか部下とかのわかりやすいくくりがないので、かえって悩ましい。

根本的に、わたしは連絡不精だ。
そして、極端なほど、自分に自信がなかった。

昔からインターネットが大好きで、名前も顔も知らない人たちと、趣味の話をするのが大好きだった。喋るよりも、タイピングの方が得意になっていくにつれ、パソコンの外で顔をつきあわせて他人と話すのが、どうにも億劫になった。うまく説明できないのだが、相手の反応が怖くて、会話の返事を待っている間にむずかゆく、息苦しくなる。たまに親戚が家へ来ても、駄々をこねて、すぐ客間から脱走した。せっかくもらった電話も、手紙も、メールも、なかなか返事の手が伸びない。社会人になってから、ようやく少しはマシになったとはいえ。

新婦のゲストの欄は、閑散期のキャンプ場みたいに空白が目立った。

優しく、朗らかで、人付き合いの上手な母がこれを見たら。
きっと、悲しむだろう。

そう思うと胸が痛んだ。というか新郎に据えているのが安室透な時点で嘆くのを通り越して絶句するだろうけども。

どうしよう。同じくゲストの少ない新郎を選べば、人数差の折り合いがつくだろうか。安室透じゃだめだ。天涯孤独……家族と生き別れ……友人は少なく……会社関係も複雑……はっ。

アムロ・レイ……?

機動戦士ガンダムのパイロットが頭をよぎる。奇しくも演じている声優が安室透と同じだ。彼ならゲストもせいぜい3人くらいで済みそうである。でもだめだ、アムロ・レイは公式設定で行方不明になっている。

というか、フィクションの話などしている場合ではない。

なんだか無性に恥ずかしく、絶望的な気分になってきた。結婚式を考えるエッセイなのに、結婚式が遠のいていく。

一人相撲をドタバタと繰り広げて、プランニングどころではなくなってしまったわたしは、不安な気持ちを抱えながら、伝説のウエディングプランナー・有賀明美さんにお会いすることになった。

目がキラッキラと輝き、発する言葉ひとつひとつが真っ直ぐと弾んで届くような有賀さんは、ウエディングという概念を人体に凝縮したような人だった。

だから余計に、わたしはたじろいだ。

結婚式とは、幸せを表現する場所なのに。
わたしは、ままならなかった人生の、後悔を思い浮かべている。

正直に、『Total Design Wedding ヒアリングシート』をうまく埋められなかったこと、わたしは一生結婚式を挙げられないんじゃないかと思ったことを、有賀さんに打ち明けた。

有賀さんは、けろっとした顔で言った。

「岸田さん。いいんですよ、それで!」

びっくりした。

「わたしは、結婚式って人生のメンテナンスだと思っているんです。挙式のあとに続く長い人生を幸せに過ごすために、一度立ち止まってもらうときです」

「幸せに過ごすため、ですか?」

「はい!」

続く有賀さんの答えは、衝撃的なものだった。

「わたしは結婚式のプランニングをするとき、新郎新婦のお二人には、いま幸せだとぼんやり感じていることより、壊れてしまっている人間関係とか、心の奥で押し殺していた思いとか、つらかった経験とか……幸せには対極にあることもお尋ねするんです」

幸せな人生を歩むには、幸せじゃない自分を見つめる。
一体、どういうことだろうか。

わたしは、このあと有賀さんとの、驚きに満ちたお話を通じて。

“結婚式を挙げたくない人ほど、一度でいいから結婚式について考えてほしい”と、強く願うようになるのだった。

岸田 奈美(作家)
Profile
岸田 奈美(作家)

1991年生まれ、兵庫県神戸市出身、関西学院大学人間福祉学部社会起業学科2014年卒。在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズ。 Forbes 「30 UNDER 30 JAPAN 2020」「30 UNDER 30 Asia 2021」選出。2020年9月『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)、2021年5月『もうあかんわ日記』(ライツ社)を発売。