Wedding Essay

岸田奈美の
“夢でブーケを投げ続ける”

ESSAY 06

誰かに本気で喜んでもらえた経験ほど、人生を肯定してくれるものはありません

ケンカが苦手だ。売られようもんなら、お釣りを置いてでも裸足で逃げ帰ってきた。勝算があろうと、なかろうと、関係ない。むき出される敵意を前にすると、どうしたらいいかわからず、体がフリーズしてしまう。もちろん、守るべきものを背に、戦わなければいけない時は泣きながら腹をくくるが、泥で泥を洗うような争いには、事なかれでありたい。

ダレノガレ明美で言うところの、わたし、コトナカレ奈美。

いざという時に「やめて!わたしのために争わないで!」を朗々と叫ぶ準備だけは入念にしてあるが、待てど暮らせど、いざという時に恵まれない。わたしの迫真の演技を目にしたら、JYPことパク・ジニョン氏の顔も思わずほころび「あなたには本当の優しさがあります」と拍手して、研究生に迎え入れてくれるはずなのだが。ずっと泣かず飛ばずの無冠である。

庶民派の争いを物陰に隠れて見ていたわたしは、知っている。

「怖ェ〜!」と感じたら、人は争いがち。プライド傷つけられるのが怖ェ〜!恋人とられるのが怖ェ〜!イヤな記憶を思い出すのが怖ェ〜!

ウエディングプランナーの有賀さんは、良い結婚式は不幸せな過去に眠っている、と教えてくれた。そのためには、新郎や新婦が、心の奥底で押し殺していた本音を、引き出さなければ。

もめるやろ、それは。

「結婚式の準備で、カップルの九割は喧嘩します」
「そら見たことか!そら見たことか!」

もめとるやないか。

火事と喧嘩は江戸の花とは言うが。ここは結婚式場である。必ずといっていいぐらい起きる、お客さんの喧嘩を前に、ウエディングプランナーはどうやって立ち回るんだろう。

「有賀さんなら、どんな技で喧嘩を回避させるんですか?」
「いやあ、無理ですね」
「無理だった……」
「だって、人間ですもん。夫婦として、一緒にいる時間が長くなればなるほど、合わない部分は出てくるので」

結婚式は人生のメンテナンス。

前回いただいた有賀さんの名言を思い出せば、結婚式を機会に、合わない部分をこれでもかと衝突させ、折り合いをつけたりつけられなかったりする過程は必要なのかも。結婚してからも、人生はギュンギュン続いていくのだから。

「じゃあ目を覆いたくなるようなバトルが勃発しても……?」
「たとえどんなバトルになっても、絶対に背を向けないようにしています」
「覚悟がすごい」
「わたしだけじゃなく、新郎と新婦が『もうアンタにはうんざり!』って、お互いに背を向けようとしていたら、どうにかして向かい合わせにします」

バトル、スタンバイ!頭の中でゴングが鳴る。

有賀さんが、実際に担当した新郎新婦のことを話してくれた。

はじめの打ち合わせから、あまり喋らないカップルだった。一生懸命、あれこれ準備をする新婦に対して、新郎はなにも言わず、態度もさっぱりしている。ついに新婦が自信を失い、疲れてしまって、有賀さんに相談した。

有賀さんが新郎に「奥様に、愛情をお伝えされてはいかがですか?」とさりげなくたずねると、恥ずかしいし、普段から大切に思っているから大丈夫という答えが返ってきた。有賀さんは、少し迷って、新郎に言った。「奥様にその思いが伝わっていないなら、それが答えです」。

有賀さんが新郎にお願いしたことは、ただ一つ。次の打ち合わせで、新婦の好きなところを3つ、口に出して、伝えてほしいということだった。

新郎は恥ずかしそうに「優しさ」「笑顔」と言った。あと1つがどうしてでも出てこない。うろたえながらも、必死に言葉を探した新郎がボソっと。

「手際の良いところが好き」

それってどうなの?とわたしは拍子抜けしてしまったけど。料理、引っ越し、そして挙式。黙って手伝っていた新郎が、実はちゃんと見ていてくれたことに、新婦は大喜びしたらしい。その日の打ち合わせは、とてもうまくいったとか。

それにしても、わざわざ新郎にそんなことをお願いするなんて、ウエディングプランナーとはなんとも骨の折れる仕事だ。有賀さんは「究極のお節介さんですよね」と、苦笑いした。

「お節介を焼くにしても『この人に相談したい!』と思ってもらえなきゃなにもできないので、なによりもまずは信頼関係。最初はひたすら、聞くことに徹します」
「なにを聞くんですか?どんな結婚式が理想ですか、とか?」
「それ聞いちゃうと、わりとなにも出てこないんですよ」

確かに。わたしも、理想の結婚式はどんなものか、ヒアリングシートを埋めるのに苦労した。友人の式に2回か3回、出席しただけでは結婚式の良し悪しがわからない。

「形から作りはじめるのはダメ。まず、人を思い出してもらいます」
「人?」
「人生で、どんな人に支えられたか。どんな言葉に支えられたか。そこから聞くんです。支えられたということは、つらかった経験もあるということ。そうやって、人の形跡をたどっていきます。誰の影響で今のあなたがあるのかが、わかるまで」

おもしろい。人は、一人では生きていけない。誰かから助けられ、愛され、生きてきた。誰にどんな感謝を伝えたいかが鮮明に浮かべば、おのずと結婚式の形ができていく。

わたしは弟に感謝を伝えたい。言葉だけじゃなくて。そうだ、コース料理にスペシャルなチャーハンを入れてもらおうか。弟はチャーハンに目がないから。ごま油の匂いが漂ってきた。

「これもわたしが担当した挙式ですが、打ち合わせでじっくり話していると、新郎はお母様に深く感謝していることがわかりました。けれど新郎はシャイで、お母様に改まって手紙を読んだり、プレゼントをしたりするのはイヤだと言うんです」
「わたしなら、そうですかーってスルーしますね……」
「わたしには、後悔する彼が見えてしまったんですよね」
「説得しました?」
「しました。4回」

そこまでして!?
わたしなら絶対にあきらめている。だって、争いたくないし。

「えっと……押しつけになってたらって思うと怖くないですか?」
「ここで折れてしまうウエディングプランナーも多いです。けど、なんだろう……じっくり話したからこそ、確信があったんです」
「確信?」
「新郎が、本気でイヤだと言ってるわけじゃないっていう」

有賀さんは、自分でも説明がしづらいのか、ブンブンと身振り手振りを駆使して教えてくれた。

「新郎がなんてことのない過去の思い出を話す言葉に、“とっかかり”みたいなのがあるんです。本当にちょっとした“とっかかり”が。口にした瞬間、心の温度がちょっと変わるというか」
「心の温度……」
「同じ言葉でも、建前と本音で、心の温度が全然違うんですよ!心の温度が高いと、ウーン、なんていうかな、目や表情がキラキラしてくる。身体中にサインが現れるんです」

職人だ。これは、ウエディングプランナーという職人の領域だ。職人は、ものを見る目が優れているという。

話は飛ぶが、わたしは先月、北海道の牧場に行った。馬とのふれあいを通して、コミュニケーションの本質を学ぶという研修だった。そこで、有賀さんと同じことを言われた。馬は言葉を喋らないけど、気持ちは身体に現れている。耳の向き、尻尾の揺れ、腹をふくらませる呼吸。サインを見逃さないことが、馬を感じる第一歩だった。

有賀さんは、感じたのだ。
感じたからこそ、その気持ちを取りこぼさない、という責任が生じた。後悔を抱えたまま、新郎に結婚式を終えてほしくない。

「本音がもうすぐそこまで見えてる。あと3cm引っ張れば手が届く。掴んだら、あとは、大切に思っている人の本音と結ぶだけです」
「どうやったら届くんですか?」
「なぜこの人(ウエディングプランナー)はこんなに一生懸命なんだろう?こんなに説得してくれるんだろう?……って、新郎新婦に思ってもらえたら、届くことが多いですね。もちろん、その上で、やりませんって断られることもありますが」

すごいなあ、と思った。有賀さんは自ら、争いも恐れずに飛び込んでいってる。その先に、幸せにつながるキラキラした何かがあると信じているからだ。

「有賀さんのコミュニケーション能力、本当にすごいですね」

わたしが言うと、有賀さんが首を横に振った。かなりの勢いで。

「わたしはもともと、他人の気持ちに興味が持てなかったんですよ!」
「ええっ!?」
「テイクアンドギヴ・ニーズに入社したときも、形式が決まってる結婚式を、単純にガンガン回していくのが仕事だと思ってたんです」
「全然違うじゃないですか」
「そう、違うんですよ。予想以上に情熱やホスピタリティが必要だと知って、向いてないから辞めようかなあ……って思ってたんですけど。努力で変えられるならやってみようかって、挑戦したんです」
「今の有賀さんになるまでには、どんな努力を?」
「タクシーです!タクシーに乗るたび、運転手さんと話すようにしました」

わたしは、タクシーの運転手さんとは、あまり話をしない方である。っていうか、できない。すぐに沈黙に支配されてしまう。有賀さんもかつてはそうだった。運転手さんとの会話を、どれだけ長く、心地よく続けられるか、を有賀さんは何度も実践していたらしい。

「最初は『このへんのご出身ですか?』とか『何年やってらっしゃるんですか?』とか尋ねるんですけど、それだと会話があまり続かなくて」
「あー、わかります!一問一答で終わっちゃって、質問することなくなりますよね」
「ある日、車内にアメがいっぱい入った布製の袋みたいなのが置いてあるのに気づいて。運転手さんは年配の男性だから、不思議に思って、『これは誰が作ったんですか?』って聞いたら、照れくさそうに奥さんのことを話してくれて……あっという間に20分くらい、話し込んじゃいましたね」

人の形跡をたどっていく。有賀さんが打ち合わせのときに質問する鉄則は、ここで生まれたのか。

「車内の小物でも、ラジオでも、ステッカーでも、なんでもいいから、誰かの影響を見つけて、たずねるんです。そしたらスルスルと話題が広がって、人の面白さをこれでもかと知りました」
「どんな話が面白かったですか?」
「圧倒的に、人生の話ですね。もともとは上場企業の社長だったのにお金を持ち逃げされて運転手になったとか、外国で僧侶をやっていて出稼ぎに来たとか、これから離婚の裁判だとか」
「ヘビーですね……!でも絶対におもしろい、もっと聞きたい」
「でしょう?それで、それで、ってわたしも相槌が止まらなくて。だけど、わたしが話を引き出せたこともあったんでしょうね。『こんな風に楽しく他人に話せたのは初めて』って言ってもらえたこともあって。気づいたら、人への興味でいっぱいになってました」

タクシーの運転手さんとの日々が、有賀さんを、良い結婚式をつくるための会話の名手に変えた。

「そういえばわたし、新郎新婦のお父様と話すのも苦手だったんですよ。当時はタクシー運転手さんって男性が多くて、ちょうど、お父様と同じぐらいの年齢でしょ。今ではお父様と話すのが楽しみでたまりません」

有賀さんは笑った。有賀さんと話して、いろんな思いを引き出され、結婚式の進行そのものが変わるほどの影響を受け、びっくりしながら笑顔になる家族の姿が浮かんだ。

「それにしても、ウエディングプランナーってやっぱり、やりがいがあるだけ大変そうですね」

この取材を通じてわたしが有賀さんから聞いた、一番好きな言葉が返ってきた。

「誰かに本気で喜んでもらえた経験ほど、人生を肯定してくれるものはありません」

ああ。それは本当に、そのとおりだ。

岸田 奈美(作家)
Profile
岸田 奈美(作家)

1991年生まれ、兵庫県神戸市出身、関西学院大学人間福祉学部社会起業学科2014年卒。在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズ。 Forbes 「30 UNDER 30 JAPAN 2020」「30 UNDER 30 Asia 2021」選出。2020年9月『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)、2021年5月『もうあかんわ日記』(ライツ社)を発売。